晩春魚沼ドライブ:その2
- 2019/07/01
- 06:00
前回記事の続きです。
2019年5月19日日曜日
新潟県道82号(十日町塩沢線)にて栃窪峠を目指す。

塩沢高原。雲海が出たら絶景らしい。

栃窪峠へ向けてガンガン進む。パワーのある車が欲しい・・・。

車窓からの風景は素晴らしい。魚沼平野と山岳地域が見事な眺め。



田植えが近いらしい。可能な限り開墾し米を作る。日本人古来の行動原理を見るような気がする。

手前に金城山、向こうに割引岳が見える。この二つの山がしばらくメインの展望となる。

遠く苗場山が見える。

自生と思われるツツジがあちこちに。


シバザクラも。



栃窪集落へ。自転車の人スゲー。

そもそもこの方面に来ようと思ったキッカケはNHK・BSプレミアムで「新日本風土記・北越冬物語」を見た事による。この栃窪集落にあるとても魅力的な旅館が紹介されていた。宿泊は出来ないけど、是非この方面に行ってみたいと思った次第。

栃窪集落を過ぎると新潟県道82号(十日町塩沢線)は狭隘な峠道となる。ここからは栃窪峠を越え、十日町市辰ヶ平までは毎年11月中旬から翌年4月下旬まで冬季閉鎖となる。この道路も雪に埋没するのだ。前述のTV番組でも雪に埋め尽くされた本路線の映像が出ていたが、ただただ圧倒されるばかりだった。

雪はすっかり消え、新緑になった。ほとんど雪の降らない高崎に住む自分にとっては想像を絶する世界だ。

1.5車線、ところによっては1車線の狭隘な峠道をひたすら登る。

もうすぐ栃窪峠。先ほどの栃窪集落を見下ろす。とにかく魚沼平野の眺めが素晴らしい。

魚野川やその支流が平野を潤し、水田地帯は水鏡の様相を呈する。

平野に山地が迫る。

栃窪峠に到達。本来の目的である新潟県道560号(田沢小栗山線)、通称「魚沼スカイライン」交点。

大沢峠を経て十二峠へ向かう方面はやはり閉鎖中だった。

「魚沼スカイライン」へ。冬季閉鎖が解除されている八箇峠方面へ向かう。

すぐに「塩沢テレビ中継局」が見えて来る。

樽山にある「護国観世音」へ。

地域出身戦没者の慰霊供養と世界平和を祈念して建てられた観音堂。

忠霊塔が魚沼平野を見渡す。合掌。

「ビルマ派遣軍戦没者英霊塔」。魚沼出身者を含め多くの新潟県出身者が歩兵第16連隊等で戦った。歩兵第16連隊は日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、満州事変、北支事変、ノモンハン事件と常に激戦に投入された。大東亜戦争ではジャワ島攻略戦、ガダルカナル島攻防戦、そしてビルマ方面で終戦まで激闘に次ぐ激闘を重ねた。多くの地域出身者が護国の鬼となった。とくにガダルカナルやビルマでは多数の戦死・戦病死・行方不明者を数えた。故郷とは似ても似つかぬビルマの地で将兵たちは何を思い散ったであろうか。平和の時代に生きる我々はただただ頭を垂れ合掌するのみ。

さて、この護国観世音様のある場所には見晴台がある。

魚沼丘陵、十二峠方面を見る。

苗場山を遠望する。

栃窪峠周辺の道路。

先ほど登って来た新潟県道82号(十日町塩沢線)。

栃窪峠。新潟県道82号(十日町塩沢線)と新潟県道560号(田沢小栗山線)の交点。

南魚沼市、六日町から塩沢を見渡す。金城山や割引岳が迫る。

湯沢方面を見る。谷川連山の上には雲が。群馬県側は曇っている。

南魚沼市と南魚沼郡湯沢町に跨る飯士山。

雪化粧の割引岳。その向こうに巻機山があるが、微妙に雲に覆われている。

上越国際スキー場越しに魚野川。手前に並走するのが国道17号。向う側に並走するのが関越自動車道。

繰り返すが、まさに水田水鏡の如し。すごい規模だ。自分の住む高崎も田んぼは多いが、比較にならない。

手前から関越自動車道、JR上越線、国道17号、国道291号、そして魚野川。

魚野川に架かる関越自動車道「中之島橋」。

ツツジがどんどん咲いている。

シバザクラもどんどん咲いている。


毎年9月には「護国観世音大祭」が行われているらしい。

魚沼に古くから伝わる山伏文化の霊場でした。

どんどん晴れて来た。しかしフェーン現象らしく、風が強い。

一応トイレがある。トイレがあるという事だけでも感謝。ただし神経質な方は非推奨。とくに女性は・・・。

さて、八箇峠へ向かう。

魚沼丘陵の稜線に沿って進む「魚沼スカイライン」。八箇峠まではほぼ南魚沼市と十日町市の行政境界を成す。


1.5車線が多い。しかし交通量がきわめて少ないので困る事はない。




「魚沼スカイライン」の名の通り、ビュースポットが多い。

枡形山の電波塔群が近くなって来た。

本当にすごい眺め。

湯沢方面。

塩沢の辺り。魚野川と登川の合流点の辺り。背景に金城山と割引岳。

電波塔があちこちに。






「八箇峠見晴台」に到着。

群馬県民にも馴染み深い新田義貞所縁の地。

この場所からヘリコプターにでも乗れば、このような景観を見る事が出来るでしょう。

「八箇峠延命地蔵尊」がある。

このお地蔵様も冬は雪に埋まってしまうのだろう。

越後平野を支える山岳地帯が広がる。向こうは日本海だ。地図を見るとちょうどこの下を「八箇トンネル」(後述)が貫通しているようだ。

魚沼市、長岡市、三条市に跨る守門岳を遠望。

雪化粧の毛猛山、その向こうに同じく雪化粧の浅草岳。共に県境の山。向うは福島県。

八海山(左)と中ノ岳(右)。越後三山を成す山。もう一峰の越後駒ヶ岳は八海山の向こう。

苗場山

八箇峠を過ぎると「魚沼スカイライン」はいよいよエンディング。下り坂となる。


あちこちでポツリポツリと車が停まっている。山菜採りかね・・・。


チラリチラリといい眺め・・・。


「小栗山スノーシェルター」が見えて来た。

かつての国道253号。現在は本路線、つまり新潟県道560号(田沢小栗山線)。

「八箇峠入口」に到達。

「八箇トンネル」(昭和42年竣工)。かつては国道253号のトンネルだった。国道253号「八箇峠道路」(地域高規格道路「上越魚沼地域振興快速道路」の一部を成す)の「八箇峠トンネル」の開通により国道指定を廃された。南魚沼市と十日町市の境界を貫通するトンネルであり、南魚沼市側は市道「八箇トンネル線」として、十日町市側は市道「八箇峠線」として、それぞれ管理されている。

「わしはこんなとこ来とうはなかった」

与六ではなく加藤清史郎くん似にしてあるのか?

右折すると南魚沼市道「八箇トンネル線」へ。左折すると本路線、つまり新潟県道560号(田沢小栗山線)。左折する。

左折してさらに県道560号を進む。国道253号旧道。

「小栗山スノーシェルター」へ。ここ、なかなか絶景。

連続ヘアピンカーブ。






「余川第二雪覆道」「余川第一雪覆道」へ。


どんどん下るが・・・。

ずっと沿道のタニウツギが気になっていたので、下車撮影する。






田植え時期に咲く花。まさに田植え時期。とてもきれい。


ムイカスノーリゾート入口。ここで新潟県道560号(田沢小栗山線)は終わり。右折すると新潟県道478号(平石西ノ裏線)、直進すると南魚沼市道「十川上ノ原旧国線」。右折する。

(つづく)

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2019年5月19日日曜日
新潟県道82号(十日町塩沢線)にて栃窪峠を目指す。

塩沢高原。雲海が出たら絶景らしい。

栃窪峠へ向けてガンガン進む。パワーのある車が欲しい・・・。

車窓からの風景は素晴らしい。魚沼平野と山岳地域が見事な眺め。



田植えが近いらしい。可能な限り開墾し米を作る。日本人古来の行動原理を見るような気がする。

手前に金城山、向こうに割引岳が見える。この二つの山がしばらくメインの展望となる。

遠く苗場山が見える。

自生と思われるツツジがあちこちに。


シバザクラも。



栃窪集落へ。自転車の人スゲー。

そもそもこの方面に来ようと思ったキッカケはNHK・BSプレミアムで「新日本風土記・北越冬物語」を見た事による。この栃窪集落にあるとても魅力的な旅館が紹介されていた。宿泊は出来ないけど、是非この方面に行ってみたいと思った次第。

栃窪集落を過ぎると新潟県道82号(十日町塩沢線)は狭隘な峠道となる。ここからは栃窪峠を越え、十日町市辰ヶ平までは毎年11月中旬から翌年4月下旬まで冬季閉鎖となる。この道路も雪に埋没するのだ。前述のTV番組でも雪に埋め尽くされた本路線の映像が出ていたが、ただただ圧倒されるばかりだった。

雪はすっかり消え、新緑になった。ほとんど雪の降らない高崎に住む自分にとっては想像を絶する世界だ。

1.5車線、ところによっては1車線の狭隘な峠道をひたすら登る。

もうすぐ栃窪峠。先ほどの栃窪集落を見下ろす。とにかく魚沼平野の眺めが素晴らしい。

魚野川やその支流が平野を潤し、水田地帯は水鏡の様相を呈する。

平野に山地が迫る。

栃窪峠に到達。本来の目的である新潟県道560号(田沢小栗山線)、通称「魚沼スカイライン」交点。

大沢峠を経て十二峠へ向かう方面はやはり閉鎖中だった。

「魚沼スカイライン」へ。冬季閉鎖が解除されている八箇峠方面へ向かう。

すぐに「塩沢テレビ中継局」が見えて来る。

樽山にある「護国観世音」へ。

地域出身戦没者の慰霊供養と世界平和を祈念して建てられた観音堂。

忠霊塔が魚沼平野を見渡す。合掌。

「ビルマ派遣軍戦没者英霊塔」。魚沼出身者を含め多くの新潟県出身者が歩兵第16連隊等で戦った。歩兵第16連隊は日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、満州事変、北支事変、ノモンハン事件と常に激戦に投入された。大東亜戦争ではジャワ島攻略戦、ガダルカナル島攻防戦、そしてビルマ方面で終戦まで激闘に次ぐ激闘を重ねた。多くの地域出身者が護国の鬼となった。とくにガダルカナルやビルマでは多数の戦死・戦病死・行方不明者を数えた。故郷とは似ても似つかぬビルマの地で将兵たちは何を思い散ったであろうか。平和の時代に生きる我々はただただ頭を垂れ合掌するのみ。

さて、この護国観世音様のある場所には見晴台がある。

魚沼丘陵、十二峠方面を見る。

苗場山を遠望する。

栃窪峠周辺の道路。

先ほど登って来た新潟県道82号(十日町塩沢線)。

栃窪峠。新潟県道82号(十日町塩沢線)と新潟県道560号(田沢小栗山線)の交点。

南魚沼市、六日町から塩沢を見渡す。金城山や割引岳が迫る。

湯沢方面を見る。谷川連山の上には雲が。群馬県側は曇っている。

南魚沼市と南魚沼郡湯沢町に跨る飯士山。

雪化粧の割引岳。その向こうに巻機山があるが、微妙に雲に覆われている。

上越国際スキー場越しに魚野川。手前に並走するのが国道17号。向う側に並走するのが関越自動車道。

繰り返すが、まさに水田水鏡の如し。すごい規模だ。自分の住む高崎も田んぼは多いが、比較にならない。

手前から関越自動車道、JR上越線、国道17号、国道291号、そして魚野川。

魚野川に架かる関越自動車道「中之島橋」。

ツツジがどんどん咲いている。

シバザクラもどんどん咲いている。


毎年9月には「護国観世音大祭」が行われているらしい。

魚沼に古くから伝わる山伏文化の霊場でした。

どんどん晴れて来た。しかしフェーン現象らしく、風が強い。

一応トイレがある。トイレがあるという事だけでも感謝。ただし神経質な方は非推奨。とくに女性は・・・。

さて、八箇峠へ向かう。

魚沼丘陵の稜線に沿って進む「魚沼スカイライン」。八箇峠まではほぼ南魚沼市と十日町市の行政境界を成す。


1.5車線が多い。しかし交通量がきわめて少ないので困る事はない。




「魚沼スカイライン」の名の通り、ビュースポットが多い。

枡形山の電波塔群が近くなって来た。

本当にすごい眺め。

湯沢方面。

塩沢の辺り。魚野川と登川の合流点の辺り。背景に金城山と割引岳。

電波塔があちこちに。






「八箇峠見晴台」に到着。

群馬県民にも馴染み深い新田義貞所縁の地。

この場所からヘリコプターにでも乗れば、このような景観を見る事が出来るでしょう。

「八箇峠延命地蔵尊」がある。

このお地蔵様も冬は雪に埋まってしまうのだろう。

越後平野を支える山岳地帯が広がる。向こうは日本海だ。地図を見るとちょうどこの下を「八箇トンネル」(後述)が貫通しているようだ。

魚沼市、長岡市、三条市に跨る守門岳を遠望。

雪化粧の毛猛山、その向こうに同じく雪化粧の浅草岳。共に県境の山。向うは福島県。

八海山(左)と中ノ岳(右)。越後三山を成す山。もう一峰の越後駒ヶ岳は八海山の向こう。

苗場山

八箇峠を過ぎると「魚沼スカイライン」はいよいよエンディング。下り坂となる。


あちこちでポツリポツリと車が停まっている。山菜採りかね・・・。


チラリチラリといい眺め・・・。


「小栗山スノーシェルター」が見えて来た。

かつての国道253号。現在は本路線、つまり新潟県道560号(田沢小栗山線)。

「八箇峠入口」に到達。

「八箇トンネル」(昭和42年竣工)。かつては国道253号のトンネルだった。国道253号「八箇峠道路」(地域高規格道路「上越魚沼地域振興快速道路」の一部を成す)の「八箇峠トンネル」の開通により国道指定を廃された。南魚沼市と十日町市の境界を貫通するトンネルであり、南魚沼市側は市道「八箇トンネル線」として、十日町市側は市道「八箇峠線」として、それぞれ管理されている。

「わしはこんなとこ来とうはなかった」

与六ではなく加藤清史郎くん似にしてあるのか?

右折すると南魚沼市道「八箇トンネル線」へ。左折すると本路線、つまり新潟県道560号(田沢小栗山線)。左折する。

左折してさらに県道560号を進む。国道253号旧道。

「小栗山スノーシェルター」へ。ここ、なかなか絶景。

連続ヘアピンカーブ。






「余川第二雪覆道」「余川第一雪覆道」へ。


どんどん下るが・・・。

ずっと沿道のタニウツギが気になっていたので、下車撮影する。






田植え時期に咲く花。まさに田植え時期。とてもきれい。


ムイカスノーリゾート入口。ここで新潟県道560号(田沢小栗山線)は終わり。右折すると新潟県道478号(平石西ノ裏線)、直進すると南魚沼市道「十川上ノ原旧国線」。右折する。

(つづく)
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